メキシコとの交流

メキシコ市ベニト・ファアレス特別区長 あいさつ

伊豆シャボテン動物公園は、東京農業大学教授近藤典生博士の研究グループが収集されたシャボテンを中心とし、同博士の独創的手法により動物類を配し構成され、既に日本の多くの方々に親しまれ、日本とメキシコ両国間の文化の交流と親善に極めて大きな役割を果たしてこられました。
今回、同公園の充実のため、メキシコ古代文化の石彫レプリカを贈ることにいたしましたが、これらは私達メキシコの誇りとするアステカ・オルメカ・マヤなどの代表的な文化遺産であり、国立美術工芸学校長DANIEL RIOS ZERTUCHE氏の制作によるものであります。
これらを設置されることにより、一層の発展を達成され、さらに、今後とも両国のかけ橋として尽力されるよう念願いたします。

1973年11月3日

メキシコ市ベニト・ファアレス特別区長
LIC.MANUEL JIMENEZ SAN PEDRO.

メキシコ日本友好400周年記念行事
「メキシコ大使館へのサボテン贈呈」

メキシコ大使館へのサボテン贈呈

2010年9月、財団法人・進化生物学研究所と伊豆シャボテン動物公園は、墨日交流400周年を記念しメキシコ大使館にサボテン・コレクションを贈呈しました。
当公園のサボテン専門家により、メキシコ大使館玄関の両サイドに沿って様々な種類のサボテンを配置し、素晴らしいデザインの庭園が造られました。

アステカ文明

アステカの首都テノチティトランは、テスココ湖の島に造られた湖上都市で、ピラミッドや大神殿を中心に4km四方に及ぶ人口20万人を超える大都市だったと伝えられています。
アステカには、1年間を365日とする太陽暦と他に260日とする短い暦の2種類があり、この2種が東西南北の4方向と組み合わさり、13年の単位に分かれる52年を1世紀とする暦法が成立しました。
1521年2千人のスペイン軍が予告にある悪魔として出現した途端、アステカ帝国は崩壊しました。
今日"アステカ"の名が高いのは、近隣諸国文化を同化して古代文化の集大成を謀った巨大帝国が、結実の日を迎えずに消滅したという悲劇的運命を象徴しているからです。

マヤ文明

南メキシコ〜グァテマラにかけての熱帯性低地のいたるところに壮麗なマヤの神殿センターが出来はじめました。
複雑な装飾や象形文字に飾られた神殿、石碑が、次々に建てられ、神宮たちが盛装して密議的な儀礼や天体観測をおこないました。
マヤ人は文字を持っていたので、記録というものに非常に関心を示し、長方形平石に浅浮き彫りで像や文字を描いています。
マヤ社会の中心に立つのは神宮の集団で、彼らは宇宙の神秘に対する深い認識を持ち占星術・天文学にたけていて、正確な太陽暦を作り、また象形文字をあやつってそれらの知識を絵文字書に記録する事を知っていました。

ロックガーデン

ロックガーデン

約5000年前、大室噴火で側火山としてできた岩室山の岩壁の一部をそのまま生かし、シャボテン類を植え原産地の景観を再現し、更に古代メキシコのオルメカなどの石像石彫のレプリカを配しました。
ここは海抜が400米以上あり、冬期可成り気温が低下します。
岩に貯えられた温度と樹木を風よけに利用して、露地植を成功させたものです。